『武士の一分』とステージダイアレクト

公開時に映画館で見た『武士の一分』(山田洋次監督、2007年)を久しぶりにDVDで見ながら、木村拓哉桃井かおりの山形弁について考えていました。山形弁についてよく知らない私にとっては十分に本物らしく聞こえる方言使用です。では、日本語を学んでいる外国人学習者に対してこの映像と音声を使って、こういう地域方言がありますよ、と紹介するのは、あり、なのでしょうかー?

武士の一分 [DVD]

武士の一分 [DVD]

この問いに対する私の暫定的な答えはYESです。まだ考えが整理しきれていないところもあるのですが、映画音声は、生の自然な音声資料とは違うということを確認したうえで、外国語教育に応用するのは許されるだろうという立場をとっています。

こういうことを考えるのは、私自身が英語教師として、学生さんに「世界の英語、いろいろな英語」を紹介するために、映画やドラマの映像・音声を使っているからです。もちろん、その方言特徴の正統性については、母語話者の判断や先行文献なども参考にしながら、チェックする必要がありますが。

もちろん、映画のなかの方言は「ステージ・ダイアレクト」(stage dialect)だ、という側面も考えておかなければなりません。ステージ・ダイアレクトとは、舞台(ステージ)の方言(ダイアレクト)。演劇や映画のなかで用いられる、観客が理解できるような範囲内の特徴のみを備えた方言のことです。

たとえば、「19世紀までの舞台で用いられるアイルランド人、ウェールズ人の発音」というこの論文の冒頭に詳しく説明されています("Pre-Nineteenth Century Stage Irish and Welsh Pronunciation," J. O. Bartley and D. L. Sims, Proceedings of the American Philosophical Society, Vol. 93, No. 5 (Nov. 30, 1949), pp. 439-447. 山口試訳)

 ステージダイアレクトは演劇で用いられるものである。その方言についてあまりよく知らない観客にとっても、すぐに理解できるものでなければならないのである。それゆえ、方言を正確に再現するのではなく、幻想(illusion)を作りだすことになる。その方言の何らかの発音特徴を示したり、そのほかの特徴を用いたりすることで、近似したものを作りだすが、あくまでも、観客がわかるものでなければならないのである。

このあたりついては、具体例を集めながら、引き続き考えていきたいー。