『マスター・アンド・コマンダー』とイギリス階級方言

NHK衛星第2放送で、今夜9時から『マスター・アンド・コマンダー』(Master and Commanderピーター・ウィアー監督、2003年)が放映されます。のびやかで開放感のある、好きな映画です。

舞台は、19世紀初頭のイギリス海軍フリゲート艦サプライズ号。艦長(ラッセル・クロウ)、士官たち、士官候補生たち、軍医(ポール・ベタニー)、そして船員たちの英語は、それぞれの出身階層を反映しています。たとえば船の雑役をこなす船員の英語では、moneyが「ムニー」となるような非標準的発音が聞かれるなど。

私にとって特に印象的だったのは、艦長の英語と士官候補生の英語の違いです。

艦長の英語は、RP(Received Pronunciation、容認発音)と呼ばれる標準イギリス英語ですが、上流階級らしさ(名門パブリックスクール出身者らしさ)を示す発音ではありません。『言葉にこだわるイギリス社会』のジョン・ハニーのの枠組に沿って言うと、上層語(アクロレクト)ではあるけれど、超上層語(ハイパーレクト)ではない発音、つまり無標のRPということになります。

一方、士官候補生(たとえば艦長にネルソン提督について尋ねる負傷した少年)は、「超上層語」と呼ばれるような「ほんの一握りの人びとしか利用しえない、とりわけ気取ったタイプ(有標のRP)」(『言葉にこだわるイギリス社会』p.115)を話しています。

言葉にこだわるイギリス社会

言葉にこだわるイギリス社会

艦長と士官候補生の発音の違いは、役柄の設定からくるものではなく、俳優の話す英語の違いからくるものではないか、と思います(原作小説をまだ読んでいないので、このあたりは推測まじりですが)。

ラッセル・クロウは、ニュージーランド生まれオーストラリア在住ですが、この映画ではイギリス英語を話しています。『グラディエーター』のマキシマス役の英語は、ロイヤルシェイクスピアカンパニー(=イギリスの名門劇団)の俳優が酔っ払ったときのようなイギリス英語だという失礼な(!)皮肉をイギリスの評論家が言っているのを、BBCPodcastで聞いたことがありますが、ここもそんなかんじなのでしょうか。イギリスの標準英語ではあるけれど、いかにもパブリックスクール英語、というような英語ではない発音。

もしヒュー・グラントが艦長をやっていたら(キャスティング上は想像しにくいので、あくまでも発音議論上の仮定の話ですが―)、士官候補生と同じような「きどった英語」(posh accent)を話したことでしょうが、ラッセル・クロウはイギリスの超上層語を使わないようですー(『プロヴァンスの贈りもの』でもそうでした)。


ともあれ、ひいきのラッセルの映画なので(my film of the year, 2009はこれ)、メイキング本なども↓

The Making of Master and Commander: The Far Side of the World

The Making of Master and Commander: The Far Side of the World